2008年10月22日、アイランド3部作+ライヴ・アルバムの紙ジャケ・リマスター盤が出ました。これらのリリースに少なからず寄与したのが『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』でした。
出版を間近にした2008年春、ユニバーサル・ミュージックを訪ね、『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』の刊行に際し、ぜひ“アイランド3部作”の紙ジャケ・リマスター盤の実現をトム・ウェイツの担当者にお願いしました。
同日、ワーナーミュージック・ジャパンにも足を運び、アサイラム時代のカタログの紙ジャケ・リマスター盤の実現を同じく担当者にお願いしました。いずれも、トム・ウェイツ側の許可がおりない限り、運ばない話ゆえ、可能性はそう高くないように思われました。
しばらくのち、評伝『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』は無事出版することができ、販促活動に奔走する毎日。そんな夏のある日、ユニバーサルから連絡がありました。“アイランド3部作”にライヴ・アルバム《ビッグ・タイム》を加えた4枚の、日本独自制作によるリマスター盤の許諾がトム・ウェイツ・サイドからようやくおりた、と。そして、アルバム4枚に共通のライナー序文を書かせていただくことになりました。
アサイラム時代の新仕様リリースは2009年以降に持ちこされたものの、熱心なウェイツ・ファンにとって“アイランド3部作”のリマスタリング&紙ジャケ仕様のリリースは、念願のひとつだったのではないでしょうか。
しかもマスター・クオリティに限りなく近づいたことを売りにしている最新のSHM(Super High Material)-CDでの発売。SHM-CDはユニバーサル・ミュージックと日本ビクターの商標とのことですが、音圧も音質も向上した効能の加減は皆様の耳で直接確かめていただくとして、“アイランド3部作”の各オリジナル盤がリリースされた時期のトム・ウェイツの発言を『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』から紹介することにします(ジャケット写真は、最新の紙ジャケより)。
【ソードフィッシュトロンボーン】

・アルバム・タイトルについて
「生臭い楽器かもしれないし、うるさい音を出す魚かもしれない」
・サウンドについて
「頭のなかで鳴ってるノイズに耳を傾けて、廃品置き場のがらくたでオーケストラを編成してでたらめな演奏をさせたものだ」
・音の冒険を支持してくれた妻について
「キャスリーンは励ましてくれた。びっくりハウスの鏡に曲を映して、ハンマーで思い切り叩きわれってさ」
・その後、3部作へと発展していく起点となった楽曲について
「〈ワイルドなフランクの話〉みたいな曲はよくできてると思う。でも物語ってやつはときに露骨になりすぎて、勝手にひとり歩きしてしまう。おれはもっと見晴らしのいい場所にいって、言葉を簡潔にして自分が言いたいことをはっきりさせるべきか、それとも描写を曖昧にして、音楽の力で聴衆を自分のいきたいところまで引っぱっていったほうがいいのか、見極めようとしてるんだ」
【レイン・ドッグ】

・アルバム・タイトルについて
「ロウワー・マンハッタン以外じゃほとんど見られない現象なんだけど、激しい雨が降ったあとは、犬がやたらと目につく。雨でやつらの通り道が全部水に沈んで、ねぐらに帰れなくなるらしい」
・音の響きや感触について
「おれが一番大事にしてるのは、音の質感だ。ざらざらした音や、ちょっとぼやけたような音がいい。きれいな音は好きじゃない。うっすらノイズがかぶさったような音が最高さ」
【フランクス・ワイルド・イヤーズ】

・ウェイツ夫妻が書きおろしたミュージカル劇のアルバム化だったが、“物語”について
「これは小さな町で生まれ、富と名声を求めて旅立つ男の物語だ。だがフランクは次々に罠にはまってしまう。成功者になんかなれっこない。舞台は、フランクがイーストセントルイスの公園のベンチにすわってるシーンから始まる。しょぼくれて、金もなく、凍えそうなフランクは、やがて夢のなかで時間をさかのぼって、出発点のバーに舞いもどっていくんだ」
・拡声器について
「おれは29ドル95セントで買った拡声器をマイク代わりにしてうたってた。1度ああいう小道具を使うと、もうブレーキがきかなくなるんだ」
これらのコメントから20年以上経た2008年、パリで観たウェイツは、未だ拡声器を“武器”に、オーディエンスを熱狂させていました。この時のライヴについては、上のバナー“巴里の空の下トム・トラバーツ・ブルースは流れる”に譲ることにします。
ベストセラー『トム・ウェイツ 酔いどれ天使の唄』を核にしながらも、リマスターではなく“リミックス”が細部にわたってほどこされ、さらに2006年までの厖大な新規原稿が足されて生まれ変わった最新評伝『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』には、上記紹介したコメントをはじめ、興味深い“ウェイツ語録”が満載です。そして、その評伝の最後を締めくくる問答が、とてもウェイツ的だといえます。
「どんなふうに死にたいですか」と問われたウェイツ曰く、
「そもそも、死にたいなんて思わないね」
そんなトム・ウェイツの“人間”を読まずして死ねるか、ということで、『素面の、酔いどれ天使』に騙されたと思って騙されてみてください。